過去と現在の問題

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近代以前の日本の医学における課題

日本の医学は外国語を翻訳して発展してきた。 中国からは漢方薬などの東洋医学、欧米からは西洋医学を学んできたのである。 これらを学ぶ上で必要なのは「翻訳」する能力である。 海外の医学論文(または医学に関する書物)の翻訳をおこなうにあたり、語学力はもとより、日本には存在しない治療法や薬物の概念をいかにして翻訳していくかが最も重要と言っても過言ではないのである。 例えば「カワ」はなぜ「カワ」と呼ぶのだろうか。「クニ」はなぜ「クニ」と呼ぶのだろうか。それは長年をかけて日本の文化とともに根付いた概念であり、もはや現代人の知るところではない。 そのように時間をかけて、創りだされるべき概念を日本に新たに創りださねばならない翻訳者の苦悩は計り知れないであろう。

近代以降の日本の医学における課題

日本の医学は戦後めざましく進歩した。 ES細胞やiPS細胞など、世界に誇れる技術は他にも多数存在するであろう。日本は海外の医学論文等から新たな知識を「享受」する立場だけでなく海外へ日本の医学論文を「発信」していかねばならない立場になったのである。 今度は逆の問題が生じる。自国の母語、つまり日本語で書かれた医学論文をいかにして翻訳するかということである。自分たちだけ理解できれば良いという独り善がりな論文ではなく他国の人々にも読みやすいように翻訳をおこなう必要が生じるのである。その際必要となってくるのは学校教育で培うような外国語の能力だけではない。言葉の微妙なニュアンスやその国の文化を理解することも必要なのである。同義語であっても微妙なニュアンスの違いによって大きく語弊が生じる可能性は否定出来ない。また、その国の文化を理解することによってその国の人に分かりやすい表現ができるようになるのである。